1994年
旧 野榛 (現・天象)
1月号
「おいしいよ」あなたのかける一言がいつも私を快晴にする
きらめきは季節はずれの線香花火小さく揺れて作る残像
ため息は右か左か決めろとう世間のモラル群集心理
久々に両手いっぱい広げてみたら世界の風を受けとめたよう
昇欄の知らせを受けて省みるスタンス変えて充実の日々
また一人我の血筋に癌という不安に追われ今日をふためく
2月号 「設計ミス」 高点歌
人生に設計ミスはつきものさ消しゴム代わりに高笑いする ☆編集委員選抄
なかなかに会えぬこととは知りつつも心魅かれるうた人思う
我の名は歌詠むために付けられし三十路をすぎてこの道に入る
テーブルに師の人柄のほの見ゆる秋桜揺れて歌会なごます
七五三(しめ)祝い鏡の吾娘は笑まうなり女としての芽生え早くも
病院に今しも逝かん君なればもう「がんばれ」と言えず息のむ
3月号 「闇深く」 高点歌
坂口の歌稿を手にし闇深くそは償いのマニフェストたり
断命の瞬間を待つ君はいま償う心読みてかおらん
しらじらと明けゆく房に坐す人の歌詠むこともつぐないの道
過去はみな仄かな影となりぬるを忘るることなき君の大罪
短歌には何ができるというごとく坂口歌稿は問いかけてくる
まちがいと受話器おく声消えゆけど胸はざわめくかの君に似て
4月号
大厄の君に倣いて手を合わす冥助信じる我見るも我
故郷の公園に遊ぶ吾娘の背に幼き我の姿重ねる
君がいて吾子らが遊ぶ初景色ただ平らなる今年を祈る
職退きて三年数えるこの年の先生の文字我には重く
ひそと咲く冬の一重の侘助よ誰を待つのか待たすとうのか
ほろほろと窓を曇らせ降る雨の心細きは我弱き故
5月号
美しい嘘などないと知りつつも病室の父に花をかかげる
父は今長き手術を勝ち得たりさらなる道は険しと言えど
生きたかる病室の父の意志のごとモニターの脈正確に打つ
病室の窓より見ゆる朝焼けは命の強さ我に教える
アランフェス協奏曲の流れきて病の父にも春の装い
春の髪洗いてのちの朝明けに大きな愛になろうと思う
6月号
永遠はいま沈みゆく太陽と実感している病室の窓
幾冊の本を読めども結論の灯りの見えぬ父の病の
死ぬことの怖れはないと笑まう父黄泉にて妣の待てばこそとう
病室のベットにすわり生も死も一とう父の言葉が痛い
もう少しどうぞ連れてはいかないで妣に祈りて父を励ます
まだ待って見えないものに祈る我本当の父を知るもう少し
7月号
栄転とあなたを祝う心より惜別深く涙がゆれる
想い出ずあの日の君の横顔に心の洪水とめる術なく
悲しみもこの花のごと一瞬と桜の下の我の涙は
吾子のいう入園の日の今日だからお日様だっておめでとうだね
一歩ずつ我が手中より広がりて吾子は大きな夢に近づく
さようなら忘れたくない恋なのに身じろがぬ我傷つかぬふり
8月号
ゆるやかに我の時間が流れゆく板谷波山の陶器展にて
ひともとの水仙の美に魅せられし波山の花器にしばしの呪縛
藤波の盛りと聞きて心はや旅の宿へと夢を運びて
計画をあと幾日と数えいる我の心は幼子のごと
前向きに生きるヒントが欲しいとう病の父は歌詠みている
生きがいを歌詠むことに見つけたり父は自分の言葉に照れて
9月号
我は今広き宇宙にこぎ出でん三十一文字の自由の旅に
あくせくと育児に励む日々なれど短歌(うた)の中では我主人公
いつからかピアノは捨てたと言ってきた実はピアノに捨てられたのに
黒き雲湿った南風を運び来てザクロの花の揺れて梅雨入り
親友の手術の報せ受けし耳遠い空間雷兆す
吾娘のふくシャボンの玉の七色の舞い踊りゆく風のステージ
10月号
天の川空いっぱいに広がりて君を照らさん救いの道と
妻であり二児の母なる君はいま生きたかる夢手紙に託す
心からあなたに会えてよかったと贈る言葉は尽きることなく
水しぶきキラキラキラとはじけゆく子らのまわりはそこらじゅう空
人類をいま宇宙へと運ぶ国不思議アメリカブルースの国
住み慣れし家の解体むかえる日想い出までも消えそうな朝
11月号
祭の夜郷土を愛する友の作「大和太鼓」の胸打つ響き
八月は戦後を重ねるためにあるそんな気がして黙祷の時
吹かれたい現世の風に吹かれたい戦士の声のこだまする今日
密やかに逝きし若人限りなく語り継がれる戦いの影
人生の重さをはかりきれなくてシンフォニー聴く八月の夜
父の焚く門の火高く舞い上がり妣の残せし夢たぐり寄す
12月号
吾娘と来しディズニーランドの煌めいて自然に頬のゆるむ一日
アラジンの世界のなかに取り込まれひと日の夢にひたる幼子
夢の島ミッキーたちと幼子は海賊になる王女にもなる
晴ればれと新しき妻披露する弟の幸静かに祈る
わが友よどんな病になろうとも君であること何も変わらぬ